スウェーデン ミッドサマー。 スウェーデンのミッドサマーを祝う簡単ガイド|IKEA【公式】

スウェーデンの夏至祭、ミッドサマー。夏の到来を祝う伝統的なお祭りをご紹介

スウェーデン ミッドサマー

監督の 『ミッドサマー (原題:MIDSOMMAR) 』を鑑賞しました。 観終わった今はとにかく「スゴいものを見たな」という感じ。 今回は ネタバレありで 『ミッドサマー』の感想を書いていきます。 未見の方はブラウザバック推奨。 セリフの引用などはうろ覚えなのでニュアンスです。 美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。 しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。 妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。 ホルガは太陽をとして崇める文化であるようだ。 しかし、1人、また1人と仲間たちが消えていき……? もう、この公式サイトて怖い。 よく見てほしい。 見えなければ画面を拡大してほしい。 サイト全体に砂嵐がかかっている。 なんなんだ、このサイトは……。 言いようのない気持ち悪さに襲われる。 映画の総じた印象としては、頑張ってR15にとどめたんだなという感じ。 エロ、グロ、ドラッグ、カルト、全部入ってます。 なかでも強烈だったのはエロ。 シーン自体は長くないけど一番ショッキングだったかもしれない。 ダニーの恋人クリスチャンは、ホルガの一員であるの少女・マヤに誘惑される。 ホルガには生殖行為に対して厳格な規定があるようで、族長的な人に承認された男女でなければセックスを許されない。 クリスチャンは言われる。 「あなたとマヤのセックスを許可します。 あなたは的にも理想の相手だわ」 そしてなんやかんやあってクリスチャンとマヤはまじでヤる。 といっても、この前に飲まされた謎のお茶と嗅がされた謎のお香によって、このときのクリスチャンは正気ではないのだが。 このときの画面がもう……すごかった。 2人がヤッているところを、全裸の成人女性十数人が取り囲んで、なんか不気味な歌を歌っている。 たぶん、孕みやすくなる儀式かまじないみたいなものだろう。 女の陰部は丸出しでも大丈夫で、セックス時の結合部がダメなのは当然いいとして、暗いところのちんちんは大丈夫で、明るいところのちんちんはダメってよくわからん。。 グロは個人的にはそうでもないかなと思った。 飛び降りて死んだおじいさんおばあさんの死体とか、神への生贄とするために飾り付けられた死体は、ショッキングな見た目ではあるが、明らかな「人形」感があるからそんなに怖くもなかった。 生贄とされる死体は、木や花を植えられるなどして飾り付けられている。 ここで『』の標本事件を思い出した。 あれをクリアした人にとっては『ミッドサマー』の死体は楽勝。 いや、でも人間に熊の生皮を被せるのはしっかり驚いた。 「あああ!その発想はなかった!」って思わず言ってしまったよ……その発想はなかった。 血もほとんど出ないからでもない。 ドミネーターのほうがグロとしては強烈。 「ホルガ」について 『ミッドサマー』で大きなテーマとなっている架空の共同体「ホルガ」。 ホルガは、人間の生と死について確固とした考えをもっている。 その基本は、人間の一生を四季としてとらえていること。 ・子供時代は「春」 ・青年期は「夏」で旅に出る ・大人は「秋」で労働をする ・老年期(~72歳)は「冬」 そしてカから来た彼らのひとりは聞く。 「72歳を過ぎたらどうなる?」と。 ホルガの人たちはその問いに答えを濁す。 そこで大体わかるだろう!と。 察しが悪いやつらだなあ! その後、彼らはホルガの「儀式」を目の当たりにすることになる。 72歳を迎えた2人の老人が、崖から飛び降りてするのである。 うち、おばあさんはすんなり死ぬことができったが、おじいさんはそうはいかなかった。 足を骨折したのみで死ぬことができなかったのである。 そのときのホルガの人々のブーイングときたら……。 仕方がないから、係の者が長いハンマーを取り出しておじいさんを殴り、殺すのである。 ちなみにこのおじいちゃん()が『ベニスに死す』のあの美少年だと知ってびっくり。 セーラー服の少年おいしいもぐもぐ。 そういえば『ミッドサマー』でもどこか高貴な雰囲気があった。 あまりに衝撃的な光景に、取り乱すカからのご一行。 彼らに、ホルガの女性は改めて説明する。 「ここでは72歳になると、次の世代へ命を譲るのよ。 そして次に生まれた子どもに、彼ら(した老人ら) と同じ名前を付けるの」 冬が終われば、また春がくる。 次の春を迎えるために、72歳を過ぎたホルガの者はよろこんで命を捧げる。 また別の話。 論文を書くために、カ人の一人は質問する。 「ここは小さい共同体です。 近親相姦の心配はないのですか?」 ホルガの男性は説明する。 「ここでは意図的に近親交配をして、聖なる力をもつ者をつくり出しているんだ。 しかし外部からの血も混ぜてバランスをとっている」 ここでもまた、察しの悪いやつらだなあ!と思うのである。 なぜなら、彼らカ人こそがホルガが求めている「外部の血」なのだから。 そのために、マヤに誘惑されたクリスチャンが「種」を採られてしまうのだ。 しかし、この共同体にはどうも違和感を覚えるところが多い。 彼らホルガは「自然と調和する」といいながら、自然の理に反することばかりしている。 、意図的な近親交配、ドラッグでトリップする、など……。 彼らはそのすべての行為を「」によって意味付けしている。 先述のように、は「次の世代へ命を譲る」ため、近親交配は「聖なる力をもつ者をつくり出す」ため、トリップは「自然と一体化する」ため……。 明らかに矛盾した行動であっても、上手いことばで言ってしまえばどうとでもとらえられる。 正当化の怖さを感じた。 また、この共同体は皆が一になることを絶対的な善としている。 ホルガの者は 「ここの者はみんな家族だ」という。 当然のこととして「四季」に沿った生き方をする。 女王となったダニーが耐え切れず泣き出したときは、他の女たちも協調するように、こぞって泣き、咽ぶ。 そしてその泣き声すらも最後にはぴったりと合っていく。 これも物凄い光景であった。 つまりここでは多様性が皆無である。 多様性という概念すらないのだと思う。 人種のるつぼたるカからここを訪れた彼らにとっては、なるほど理解の範疇を超えていたはずである。 伏線について ダニーたちは、現地でサイモンとコニーというイギリス人のルと合流する。 その2人も当たり前に死ぬ。 というか最終的にはダニー以外全員死ぬ。 サイモンは鳥小屋の中で床と平行になるように吊るされ、生きたまま内臓を鳥たちにつつかれている。 これは神話に登場する神「プロメテウス」がモデルか? プロメテウスは人間に火の概念を教え、人間は武器を作り戦争をするようになった。 それに起こったゼウスはプロメテウスを山に磔にして、生きたまま鳥に内臓をつつかれるという苦行を課す。 ホルガで最終的に生贄に選ばれた9人は、「聖堂のような場所」で火に包まれて死ぬ、というか生贄としての役目を果たす。 プロメテウスを模し、「火」という伏線をすでに仕込んでいたのかもしれない。 また、ホルガに着いたばかりの頃「これはラブストーリーだよ」と教えられた絵。 女性が陰毛を剃っているコマがあるが、実際にクリスチャンはマヤの陰毛を食べさせられる。 この絵はのちのクリスチャンの行く末を描いていたのである。 『ミッドサマー』にはこういう伏線がたくさん仕込まれていて、それを考えるのも楽しい。 とくに絵はとっても重要で、のちの展開を物語っているものが多い。 ディズニーリゾートなんかでよく見られる手法だと思う。 つまり、アトションのスタンバイエリアに壁画やオブジェなどがあり、アトションのストーリーを予測できるものが多い。 、……。 なお、公式サイトには「観た人限定 完全解析ページ」というコーナーがあり、かなり詳細に考察されていて読み応えがある。 ここでは『ミッドサマー』を2回鑑賞することが推奨されている。 絶妙な気持ち悪さが画面を支配する ホルガに車で向かうシーン、カメラが上から車を追い越し、画面全体が逆さまになる。 まるで、彼らがこれから向かう世界は、今までの世界とはまったくあべこべである、とでも言いたげな。 こんな映像は初めて見た。 まさに「映像体験」としか言い得ないだろう。 さらに、ラストにいくにつれて画面に歪んだエフェクトがかけられていく。 とくにダニーが女王に選ばれた直後の食事シーンでは、肉がゆらゆら動いている。 また、このときダニーの頭にかぶせられたでかい花冠の、右眼のすぐ上にある花。 じつはよく見ると花蕊が開いたり閉じたりしていて、これがまた最高に気持ち悪い。 動くはずのないものが動いているのである。 まるで幻覚を見ているかのように。 これはたぶん、あの謎のお茶を飲んで彼らがラリってるからなのだと思う。 この揺らぎはたしかに気持ち悪いんだけど、なぜか同時に心地よさも覚える。 なんとも不思議だった。 その心地よさこそが怖かった。 観終わったときのわたしは本当に、なぜか清々しい気持ちになっていたのだ。 『ミッドサマー』という映画に洗脳されてしまった、とわたしは思った。 ダニーは最後、燃え続ける聖堂と生贄たちを見ながら微笑みを見せ、ホルガを受け入れたように見える。 それと同じようにわたしも、この奇妙な世界を受け入れてしまったのである。 殺人やグロテスクな死体よりなにより、その事実が一番怖かった。 「お前たちは狂ってるよ」と。 だが、彼らにとってはあれが「普通」で、彼らから見たらわたしたちが「異常」なのだ。 何をもって普通といえるのか。 それは神のみぞ知るところでしかない。 所詮わたしたちは、生まれた瞬間からの環境による「教育」によって刷り込まれた「常識」という色眼鏡を通してしか、世界を見られないのである。 いわく、「常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションである」。 そして、「生きる」とは何なのか。 彼らは72歳を超えると「次の世代へ命を譲る」が、これが正しくないことだと、いったい誰が断定できようか? ちなみに、これは突き詰めれば「輪廻転生」の考え方にもつながる。 つまり仏教の色が濃い日本にとって、ホルガの思想はまったく他人事ではないはずなのだ。 テレビアニメ『バビロン』において、正崎善は言った。 「『善』とは続くことである。 そのとき、ホルガの思考を否定できる権利はわたしたちにはないのかもしれない。 なお予定は未定。

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スウェーデンのミッドサマーデイ(夏至祭)、白夜の国の極めて大事な祝日

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あらかじめご了承下さい。 夏至前後に「白夜」が訪れる北欧。 スウェーデンではシーズンになると、各地で伝統的な「夏至祭」が開催される。 クリスマスのように家族が集まり、ニシンやベリーを食べて過ごし、ポールを建てて、手に手をつないで、その周りをダンスする人々。 平和で和やかな光景だ。 でも、ちょっと待ってほしい。 そのポールをよく見ると、かたちが男性器のシンボルになっているのだ。 そう、日本でも各地で見られるように、農民が五穀豊穣を祝うため男性器を崇めるという、伝統文化に根ざした祭りが、スウェーデンにも存在するのである。 何も知らずに初めて夏至祭に参加して、その事実に気づくと内心ギョッとしてしまう人もいるのではないだろうか。 『ミッドサマー』予告編 このような古くからの風習をエンターテインメントとしてエスカレートさせ、恐怖映画にしてしまったのが、本作『ミッドサマー』だ。 今回も、とんでもないシーンがいくつも用意されていて、監督の前作に魅了されたファンも期待できる内容となっている。 90年に一度の祝祭に参加する学生たち。 村からの歓迎ムードの中に感じていたかすかな違和感が、世にも恐ろしい事態へと発展する 主人公は、ある事件によって家族を失った、アメリカ人女性ダニー(フローレンス・ピュー)。 彼女が頼れるのは、いまとなっては恋人の大学生、クリスチャンだけだ。 彼が交換留学生ペレの誘いでスウェーデンに出かけると聞いて、事件によって精神的に不安定になっているダニーは、彼ら男子大学生たちと合わせて5人で、いまだ土着の文化が残るという、人里離れたホルガ村を、夏至の時期に訪れることになる。 この年は夏至祭が行われると同時に、ペレによれば90年に一度、9日間だけ行われるという、珍しい「浄化の儀式」が見られるのだという。 All Rights Reserved 村人たちはフレンドリーで、滞在するダニーたちを歓迎し、祭りに参加することを許してくれた。 だがダニーは、折々に違和感を感じ、村に異様な雰囲気が漂っていることに気づいていく。 それは少しずつ膨れ上がり、世にも恐ろしい事態へと発展していくことになる。 アナログな恐怖と、スウェーデンの土着信仰への憧れ。 アリ・アスターのルーツを辿る作品 上述したこの作品のストーリーは、同種のホラー映画『ウィッカーマン』(1973年)に非常に近く、おそらく影響を受けているものと思われる。

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スウェーデン、季節のビッグイベント “ミッドサマー” スウェーデン/ストックホルム特派員ブログ

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映画『ミッドサマー』のあらすじとネタバレ 参考:製作会社A24のツイッター Try and get some rest 🌻 — A24 A24 ダニとクリスチャンのカップルは長く交際していますが破局寸前。 しかしある日ダニの妹が両親を殺した後に自殺する事件が起こり、クリスチャンは別れを告げることを止まります。 クリスチャンは夏、友人のマーク、ジョシュ、ペレとスウェーデンの田舎町ハルガを訪れる予定でした。 クリスチャンとジョシュが文化人類学専攻のこともあり、ペレが彼らを「自分の故郷で90年に一度しか開催されない夏至祭が開催されるから来てはどうか」と誘ったのです。 内緒で旅行を決めていたクリスチャンはダニに責められ、彼女も連れて行くことにしました。 ハルガに着いた一行は彼らと同様夏至祭を見に行くカップルのコニーとサイモン、ペレの妹マヤや村の人々と出会います。 住人たちは皆白い衣服を見に纏い踊ったり駆け回ったりなんとも牧歌的。 2日目、しきたりに従って村人全員と共に食事をするダニ一行。 誕生日席には青い衣服を着たおじいさんとおばあさんが座っています。 食事が終わるとおじいさんとおばあさんは神輿のようなものに乗せられて、村の高い岩場へ連れて行かれました。 昼寝のため宿舎へ戻ったマークを除き、ダニ、クリスチャン、ジョシュはペレら村の人たちと何が起こるのか見に行きます。 おじいさんとおばあさんは手のひらを切りつけて血を岩版にこすりつけ、そのまま下に飛び降りて死にました。 あまりにショックな出来事に呆然とするダニたち。 人は皆生命の輪の中で生きており、72歳で自死を選ぶのは村のしきたりだと説明されます。 ダニは両親の死を思い出し帰ることを思い立ちますが、ペレに説得され止まりました。 3日目。 昨日の事件を見て村を出ることを決めたコニーとサイモンですが、サイモンの姿が見当たりません。 村人たちはサイモンが先に駅に向かったと言いますが、コニーは彼がそんなことをする訳がないと答えます。 クリスチャンは、ジョシュが論文のテーマに既に選んでいるこの村のことを自分も書きたいと言い出し、二人は喧嘩に。 仲裁したペレは、村の長老たちに論文に書いていいか尋ねると言います。 ジョシュはとある建物の中で近親相姦によって生まれたルーベンという名前の奇形児が作った、ルーン語で書かれた預言書を見せてもらいます。 ジョシュは写真を撮っていいか尋ねますが、もちろん断られてしまいました。 一方マークは、昨日亡くなったおじいさんとおばあさんの灰が埋葬された古木に放尿し、村の人々に怒られます。 そのあと前々から彼に目配せをしていた女性にどこかへ連れて行かれてしまいます。 その夜、ジョシュはこっそり預言書を撮影しようとしていました。 しかし背後から殺されたマークの皮を被った裸の男が忍び寄り、ジョシュも殺されてしまいます。 ダニはハイになる飲み物を飲まされ、村の女性たちと共に、その年のメイクイーンを決める大会に参加します。 メイポールの周りをぐるぐると回り、最後まで立っていた女性がメイクイーンとなるのです。 踊っている途中に飲み物の影響か、スウェーデン語を話せるようになるダニ。 彼女は最後まで踊り続け、メイクイーンに選ばれます。 その頃クリスチャンは村人からペレの妹、マヤとセックスをして欲しいと頼まれていました。 狭い村はこうして外部の血を時折受け入れているのです。 ドラッグを飲まされクリスチャンが連れて行かれた部屋には、裸のマヤと様々な年齢の女性たちが。 マヤが喘ぐと女性たちも真似をする異様な光景が繰り広げられます。 その頃、五穀豊穣の祈りが終わったダニは、クリスチャンのことが気になり、建物を覗いて情事を知ってしまいます。 ダニが泣き叫ぶと女性たちも真似をするのでした。 ことが終わって部屋から逃げ出したクリスチャンは、慌てて入った鶏小屋でサイモンの死体を目撃します。 そこで長老たちに見つかり、気絶させられてしまいました。 クリスチャンは「あなたは喋れないし動けない、けれど大丈夫よ」という声で目を覚まします。 壇上には鮮やかな花で覆われたダニの姿が。 村人は悪を一掃するために9人の生贄を捧げることを宣言します。 最初の4人の犠牲者はジョシュ、マーク、コニー、サイモン。 残りの4人は長老2人、ペレの従兄弟、もう1人の村人。 最後の犠牲者としてダニはクリスチャンを選びます。 そしてペレを新しい預言者として讃えます。 まだ麻痺したままのクリスチャンは解体した熊の体の中に入れられ、他の生贄たちと共に黄色いピラミッドの形をした寺院に連れて行かれました。 火がつけられあっという間に燃えていく寺院。 儀式を祝うため村人たちは泣き叫ぶ演技をし始めます。 呆然と眺めていたダニでしたが、いつしか顔には笑みが浮かんでいました。 グロテスクな描写もかなりのもので、身を投げるおじいさんおばあさんの潰れた顔が大写しになったり、ジョシュやマークの惨殺死体であったり、最後の火あぶりなど目を覆いたくなるシーンも多数。 しかし本作の 本当に恐ろしいポイントはトラウマや死を思い起こさせ、ダニと一緒に観客を巻き込んでパニックに陥らせる様な心理描写です。 スウェーデンに行くことを知らされて責める時、破局の危機にあることを知っている彼の友人たちと会う時の気まずい状況…。 冒頭から一気に暗澹たる空気が立ち込め、そして問題の村ハルガへ。 夏至祭の会場へたどり着く前に一行は休憩しドラッグを試すのですが、ダニのバッド・トリップの描写も陰鬱なものです。 トラウマが脳を支配し、皆が自分を笑っているような強迫観念にかられる。 加えて舞台は夏至祭、一日中太陽が照りつけ、夜の闇に隠れることも許しません。 惨たらしいことも恐ろしいことも何もかもが曝け出されて、直面しなければいけないのです。 スウェーデン出身の映画監督、 イングマール・ベルイマンの作品『叫びとささやき』 1972 の系譜を引く美しくも恐ろしい不穏、叫び声と沈黙のコントラスト。 画面の外で起こっている出来事と自らの心の不安定さがますます揺さぶりをかけ追い詰める。 ですから、心身疲れている時の鑑賞は決しておすすめできません。 「どこにも逃げ場はない」「何もかも明らかにされる」「一番恐れていることと対峙しなければならない」そう思わせる力を持ったホラー映画となっています。 しかし彼女はラストシーンにて、生贄となり燃え盛る友人たちの死体やボーイフレンドのクリスチャンを見てにんまりと微笑んでみせます。 なぜ彼女は満ち足りたようなあの笑みを浮かべたのか。 ダニという女性はハルガの村全体と大きく呼応しています。 実は映画の序盤から、後々にダニやクリスチャンたちが訪れることになるハルガの街の符号となるシンボルが多々登場しているのです。 ダニの部屋に飾ってあるのは大きなクマと小さな女の子が何とも印象的な絵で、これは童話集や神話、民話、タロットカードなどの挿絵を多く手がけたスウェーデンの画家ヨン・バウエルによる作品。 白い衣服で軽やかに舞い踊る乙女たちが同じく登場する『ピクニック at ハンギング・ロック』 1975 やロマン・ポランスキー監督作品『テス』 1979 を想起させる、ホラー映画とは思えないほどファンタジックで可愛らしいビジュアルを持つ『Midsommar』は、この ヨン・バウエル作品の登場によって一層おとぎ話めいたものに昇華されます。 外は雪が降っていますがダニの部屋は植物が至る所に置かれていて対照的です。 村の入り口にたどり着き、ドラッグでトリップした時には植物が自分の手から生え、木々が人間のように脈打つ幻覚を見ます。 植物だけではありません。 メイクイーンを決める踊りの最中、隣の女性とスウェーデン語で突然会話できるようになります。 そしてダニが悲しみと怒りで泣き叫べば周囲の女性たちも彼女にならい、感情を高ぶらせて爆発させる行為を共にするのです。 そして最後、クリスチャンとの完璧な別れを決意したダニの思いを代行するかのように、村人たちは文字どおり彼自体を燃やし尽くしてくれます。 おとぎ話の王女のように、喪失や悲しみを乗り越えて本当の家族、本当の居場所を見つけることができるのです。 それが夏至祭で文字どおり、何もかも白日の下に晒されたことにより 衝撃的な形ですが 過去となってしまった恋から脱出することができたのです。 ダニの 最後の笑みは恐ろしくも、全編の中で最も爽快感あるワンシーンです。 トラウマや抑圧からの解放を描きながら、 カップルの破局話を民俗ホラーとして仕立て上げたアリ・アスター監督の手腕を堪能できる『Midsommar』。 疲労や不安に襲われること間違いなし、それでも思わず笑ってしまうこと間違いなし…。 その美しい牧歌的な風景と凄惨な絵面が脳裏を蝕んでやまない、 『Midsommar』は新たなホラー映画の名作として語られるに違いありません。 『Midsommar』は 日本では邦題『ミッドサマー』として、2020年2月に公開予定です。

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